時空を超えて
風の時代へ
大きな帆を立てて
あなたの手をひいて
荒れ狂う波にもまれ
感じて風になりたい
時は令和という新しいステージにかわり
和(なごむ)という文字とはうらはらに
大きなうねりのなかにある
手を引いていないと流されてしまう
逆に
フリーハンドで大海原を自由に
ウィリーすることだってできる
自分が決めてしまう限界という
そびえ立つ壁すら
飛び越えることができる
風はいつもは目には見えないが
ときに色を持つことがある
小さな粒子の塊が
時にイノベーションを起こし
一気に世界の色をかえてしまう
ヴァーチャルの世界
WWW
ワールド・ワイド・ウェブ
張り巡らされた
絡み合う糸を紡ぐ
いまは誰しもが手のひらで
頭のデータを投影できる
スマートフォンの市場では
日の丸が消えつつある
日本人は考えて考えて
考えて恐れる
その恐れから
風に向かって帆を立てず
自分という柱に吹く風を前に
防風林を作ってしまう
世界は大きな変革期にある
サスティナビリティ
持続可能な共生社会へ
土の時代から風の時代へ
いまこそ
大和のチカラが発揮されるとき
どこの国よりも長い時代の文化があり
どんなに逆境だったときにで
変化に適用し、立ち上がってきた
いまこそ
風に乗って彩のある調べを奏でよう
思い出して欲しい
日本人は風に流れてくる
微細な匂いを感じ
歌を詠んでいたことを
思い出して欲しい
目に見えない八百万のものに
魂を感じ
祈りを捧げていたことを
思い出して欲しい
資源のない国土の狭いこの国が
世界一の技術大国だったことを
天国じゃなくても
楽園じゃなくても
あなたの手のぬくもりを感じ
風のように生きていきたい
とこわかに
常若に
常に若々しいと書く
伊勢神宮では
20年に一度
式年遷宮といって
神殿の引越しが行われる
はるか昔から
受け継がれてきた伝統行事
日本には
耐久性の優れた建物をつくれる
世界に誇れる技術がある
にもかかわらず
なぜ20年ごとに建て替えるのか
調べれば調べるほど
とても奥が深い
伊勢の地を訪れた方は
その理由を肌で感じられたに違いない
この地に行くと
何故か清々しい気分になれる
社殿に向かう途中
五十鈴川の清流で手を清めていると
これから異空間への冒険に
突入していくような不思議な感覚になる
身も心も軽くなっていくような気がする
何故そう思えるのか
僕はこう思う
日本に住む者にとって
この地は特別な空間として
人々から親しまれてきた
いまのように
交通網が発達していない時代から
いまのように
情報がすぐにとれない時代から
ご近所さんから
大家さんから
庄屋さんから
お役人さんから
先祖代々受け継がれてきた
我々に流れている血は
はるか昔から受け継がれて
いまがある
自分の体は自分だけのものでなく
長い時間かけて
代々の苦労が
結晶として
いまここに残っている
そう思いさだめると
特別な地に足を踏み入れるとき
自分のなかに宿る
たくさんの想いが活性化し
高揚感に満ち溢れる
だからこそ
普段では感じ得ないレベルで
清々しさを感じられるのだ
多くの人が
いろんな想いを持って訪れる
多くの人が
背負ってきた重い荷を下ろす
人々のココロが洗濯される
特別な場所
それが
日本の文化をつくり
日本が繁栄した基礎になっている
洗濯されるということは
淀みや濁りが溜まってくる
常に清らかで
常に若々しいエネルギーに満ちた
場所であるために
20年に一度
新しい神殿を作りなおすのだ
歴史は川の流れのように
過去から未来へ流れている
万物は波動帯びて
振幅している
良い時期
悪い時期
波打ちながら進んでいる
周期的に
古いものが消え
新しいものが生まれる
スクラップ&ビルド
時代は常に変わりながら
時を刻む
世界が大きく変わるいま
日本は停滞する時期に突入した
日本中が淀みきってしまっている
いまこそ
はるか昔から受け継がれた
とこわか(常若)な発想をもとに
勇気を持って踏み出そう
日本のチカラは
まだまだこんなものではない
モンスターカスタマー
大阪万博が決まった
資金力に勝る
アゼルバイジャン、ロシアをおさえ
正攻法で誘致が成功した
日本はまだまだ捨てたものでない
そう感じた一幕だった
ひと昔前に人々を熱狂させた一大イベントが
時を超えて再び戻ってくる
さて
前回のような大成功となるのだろうか
ボクらは残念ながら
前回大会を知らない
親の世代に聞けば
白黒テレビからカラーテレビになり
だんだんと豊かになってくる高揚感
お祭りのような雰囲気だったと言う
三波春夫氏の
世界の国からこんにちは
をニコニコしながら口ずさむ
三波春夫氏は
お客様は神様です
と言っていたそうだ
お金を払っているのだから
神様扱いするのが当然だ
確かにおっしゃるとおり
しかしながら
当時と状況が変わってきた
当時はそれなりの高額を支払い
その払われた金額の多くが
従業員へと還元された
お客様へのサービスを向上させることで
会社の評判が上がり
会社全体が盛り上がる
その従業員が消費者となって
社会全体が盛り上がる
好循環の時代だった
しかし
バブル景気が弾けた
その後は
世界全体が大きな渦のなかにある
大多数の従業員の首が切られ
そこで得た利益は
ごく一部の富裕層にのみ還元される
日本では貧困率がみるみる上昇しているが
あまり大々的に報じられることもない
日本人は独特で
苦役を好む傾向がある
多くの人々は
状況が悪化しているのに薄々気付きながらも
むしろ誇らしげに苦労自慢が始まる
昭和の考え方が抜け切らない
お客様は神様だと
堅く信じている人がとても多い
大柄な態度をとられても
お客様ファーストで対応を続ける
だからこそ
世界的に見ても高いレベルのサービスができるのだろう
それが万博誘致の原動力になったのかもしれない
ここで面白い話がある
三波春夫氏の家族が
お客様は神様です
の解釈の修正を発表したのだ
本人は歌を歌うとき
お客様を通して
神様が見てることを
いつも頭におき
どんなに少なくても
どんなに反応が悪くとも
全力で歌うことを心がけている
その心境から生まれた言葉だそうだ
世界から再び注目される日本
八百万のモノに神々が宿る日本
どう活かすのか
真剣に考えるときがきた
もし
自分が神であると自覚する人がいるのなら
怖い顔で
目の前の店員に詰め寄るのではなく
福々しい顔で
明るい未来を語ってみてはどうだろうか
きっと
道は拓けるだろう
僕はそう信じて疑わない
利用する真理
ひとはさまざまな繋がりのなかに
活かされている
人は何も持たずに産まれてくる
産まれるときに
産道を通り抜けてくるときに
人生で一番の苦しみを感じながら
産声をあげる
まわりの人はニコニコしながら
喜びを爆発させる
しかし
本人にとっては
まわりの人と喜びを感じる余裕はない
産湯に浸かり
だんだんとホッとしてきたとき
まわりの喜びを感じてくる
目が見えないが
屈託のない笑顔で
いろんな人の温かさを知る
やがて
目が開き
だんだんと社会のなかで
時刻(とき)を刻んでいく
そして
ひとはみな
ひとのために何かをしたい
ひとの役に立ちたい
そんな想いを織り重ねていく
では
こんな想いの人たちばかりのはずなのに
何故
争い、憎しみあい、妬み、絶望感に
翻弄されてしまうひとが多いのだろうか
明解な答えはないかもしれないが
ボクはこう考える
人のエゴが
想いの彩りを濁らせている
この娑婆世界で生きていると
どうしても有利不利を考える
誰々は役にたつ
誰々はちょっと使えない
特に日本人は安定したところに
自分たちのアドレスを置いておきたい
そんな考えから
自分にとって
いかに有用なのか
どうすれば自分の立ち位置が良くなるか
自分のエゴが増長される
そして
エゴからエゴの連鎖により
変なバランスで釣り合った
人間関係ができてしまっている
概要書名は無いが
これも一種の特定連鎖法によって
支配されているように思える
だから
真の信頼
真のリスペクト
これらがない間柄には
どこか虚しい空気が漂ってしまう
彼らにこの質問をしたら
どうお答えになるか
とても興味深い
あなたは何を目指して活動してるのですか
答えは大きく二通り
「なんとかこの人を利用して
利益になるように頑張りたい」
「なんとかこの人を通して
本当に困っている人に伝えたい」
不思議なことに
言葉で聞かなくても
ちょっとした所作、表情、目力
などで感じ取れてしまうものだ
小さなゆらぎに心を配る
すると
配ったココロが種となり
いろんなところに伝搬し
やがて大きな花が咲く
もがいても
もがいても
真っ暗なアリ地獄にいるような想いをされている方も
自分のエゴに気づいて欲しい
サーファーがよく沖に流されることがある
助からなかった人は
もがいても抜けようとする
助かった人は
ただ流れに身を任せて
脱出する好機を待つ
大きな流れの前では
どんなに能力を持ち合わせていても
無力だ
それに気づくだけで
とても楽になるのではないか
頭のなかに大きく蠢いているエゴが
すっと消えさり彩りがくわわる
虹の架け橋へと導かれる
さよならにさよなら
時の流れはグルグルと
とこしえに
雲ひとつない晴天の下
澄みきったココロが
今日この瞬間を掴みとる
ときは流れていても
流れてしまわない何かを求め
人びとが集まる
数百年まえから
変わらぬ佇まいを残し
いまの人びとを暖かく迎えている
新しいページをめくると
柔らかい日差しに照らされた
神社の境内が浮かび上がる
朝日が顔を出し
日が昇り
夕日へと変わっていくように
人びとの営みも
そのとき
その瞬間によって
彩りが変わっていく
乱れることもある
支えが必要になることもある
そんなとき
遥か昔から変わらずに見守っている
神社へと足が向かう
目に見えぬ何かを
手が届かない何かを
掴みとるために
人びとが列をなしている
新たな年の始まり
普段は素通りしてしまう
神社にも行列ができる
数日前にはクリスチャンだった人びとも
今日ばかりは神道となる
恒例行事をこなさなければ
良いことが起こらない
そう思っている人が多い
だが
永いときの流れのなかでは
どこが年の始まりで
どこが節目なのか
ほとんどないに等しい
あるのは
いまこの瞬間だけだ
365分の1
24分の1
60分の1
目に見える数字では
捉えられないものがある
むしろ
目で捉えられるのは
表面的で単調なものばかり
いまの世は
そんなものばかりに目をとらわれている
だから
皆と同じことをしなければ
いついつまでに何かをしなければ
自分にマスト条件を加えていく
ひとはみな
レールの上を走りだしてしまうと
周りみち
寄りみち
後戻り
前に進む以外のみちを閉ざしていく
息苦しくなってはいないだろうか
新しいページを開ける
いまこそ
やわらかな陽の光を浴びて
見えざるみちを探してみようではないか
いま
人生の旅路で歩けるのは
過去のみちではない
未来のみちでもない
とこしえに続く
いまこの瞬間だけだ
自分を信じて前に進むがよい
直感に身を任せ
雨風に負けぬよう
使命を持ち
いのちをつかって進む者には
必ずエールが聞こえてくる
「とこしえにな」
アメイジング・グレイス
『度一切苦厄』
すべての苦しみや災いを
克服すると訳す
生老病死
我々は生まれてから
四苦八苦しながら生きている
苦しみに心砕かれ
苦しみに打ちのめされる
生きているから苦しいんだ
苦しいときがあるから
楽しいことを楽しいと感じることができる
苦しいからこそ
解放されたときの喜びを感じることができる
人生の究極の欲望は
苦しみからの解放
しかし
生きている限りは
苦しみからは逃れられない
また
死ねこと自体も苦であるから
これはアクセサリーのように
首からぶら下げながら
日々を歩んでいくのだろう
首が凝らないように
首を鍛えるか
アクセサリーの重さを調整しながら
色、受、想、行、識
すべては空
悠久の世界においては
実体がないに等しい
実体がないのだから
消えてはまた生まれてくる
実体がないからこそ
バブルのように生まれては消え
消えては生まれる
全体をとらえることができない
効果的な解決法はなく
完全に消え去るものではない
教会に響く賛美歌の美しい歌声
それに引き寄せられるように
救いを求めた人々が集まる
いつの世も
どこの世界でも
何かをつかもうと
天に向かって手を伸ばす
こうして
人々は何か見えないものを掴み
前へ前へと進んで行くのだ
一度跳ね返された壁も
もう一度チャレンジすれば
克服できることを信じて
時には瞑想にふけり
時にはひたすら歩き続ける
どんなに世界が変わろうとも
苦しみを克服するのは
自分自身にしかできない
涙を超えてゆこう
この世でたった一度
巡りあえるあした
それを信じて
絵空事
『皆空』
世の中には
スローガンばかりを叫び続け
時に本質を見失うことがある
日本人は昔から
スローガンを作るのが好きな傾向がある
戦中は一億総決起
圧倒的な劣戦にあっても
すべての国民が炎のごとく
決起すれば必ず勝利できる
僕らは
当時の状況を知るよしもないが
多くの国民は
厳しい状況とは理解しつつも
スローガンによって吹いた風には逆らえず
非国民と罵られることを恐れ
未来ある青年たちを
万歳しながら
涙を隠しながら
送り出していたのだろう
散っていった彼らが残した手紙は
現代に生きる私達に
生きる価値を教えてくれている
格好つけた台詞ではない
飾りをつけない贈る言葉
心から語られる言葉は
悲しみのなかにも
趣があり
爽やかで
人間性が表れている
それから時が流れても
やはり
スローガンにあふれている
一億総活躍
すべての国民が活躍できる
明るい未来が待っているのか
どうやって実現しようとしているのか
政府はあいかわらず
ワンポイントセンテンスで
国民を煽ろうとしている
私達は常に
世間体を気にかけている
これだけ情報にあふれ
多様な考え方がある現代でも
やはり
横並びというか
皆と同じように生きなければ
幸せになれないという
風潮が強いように思える
確たる例は
人生の三大支出のひとつに数えられる
マンションなどの住宅購入だ
人口が減り
空き家がこれだけ増えているのに
分譲マンションがどんどん建つ
かつてはリゾートマンションだった
越後湯沢の物件がタダ同然で売られているのに
丸の内界隈を歩いていると
新人ぽい人が
名刺交換させてください
とか
話だけでも聞いてください
とか
必死の形相で声をかけている
少し離れたところに
先輩社員らしき人影が……
彼らも大変だなぁ
いつもそう思いながら
右から左へ受け流していた
左から右へは受け流せないので
ちょっとだけ聞いてみたことがある
セールスマンのお馴染みのセリフ
賃貸だと後に残りませんから
払いきれば
それから先はプラスになりますから
いまは金利が低いですから
それに納得して購入するひとが
いまだに多い
即売なんて物件もあると聞く
はやり
昭和の高度成長期の感覚が
世代を超えても残っている
家、マンション買うのは当たり前
皆もそうしているから
同じようにしないといけない
思い描く世界は昔と変わらないが
描いているキャンパスが変わっている
いまだに
それさえ気づいていない
今日もまた
ピカピカのタワーマンションから
駅への行進が繰り広げられる
家族のため
会社のため
ローン会社に金利を払い続けるため
長い長い行進が始まる
これも昔から言われているが
「改革」というスローガンも好まれる
いつの世も
変化が求められている
働き方改革
残業減らせ
早く帰れの大合唱
自分たちが晒しものになりなくないから
騒がれてからしばらくたった今
この時間になっても
会社帰りらしき人が電車の中を埋めつくす
赤ら顔でなく、難しい顔をしながら
ひと昔前だったら
酔っ払いで埋め尽くされていたのに
真の改革をするならば
古いものを壊してしまわなければならない
絵空事のような古い考えを
いっそのこと
無かったことにしてしまおう
そもそも
すべてはみな
空なのだから
いまを生きろ 絶望を感じている少年少女へのメッセージ
『五蘊皆空』
新学期が始まるこの時期
絶望を感じ
世を去ろうとしている
少年少女たちが多いと聞く
だから
どうか聞いて欲しい
君たちの苦しみの素は何だろう
何に追い込まれているのだろう
まわりの人間が信じられない
誰も味方になってくれない
できない自分が情けない
自問自答を繰り返す
らせん階段を下るように
どんどん奈落の底に落ちていく
考えれば考えるほど
悪いほうへ
暗いほうへ
はい上がろうとすればするほど
深い闇に落ちていく
そんな状態の君たちへ
どうか聞いて欲しい
この言霊を受けとめて欲しい
「いまを生きろ!」
君たちは生きているのではない
生かされているのだ
我々の日常は
約138億年の歴史を持つ宇宙にとって
ほんの一瞬に過ぎない
悠久の宇宙の歴史からすれば
君たちの肉体も
君たちの感じていることも
君たちが想っていることも
君たちがやろうとしていることも
君たちが認識していることも
皆、空(からっぽ)なのだ
からっぽと言っても
実際にこうして生きている
肉体もあれば
風が吹けば、それを感じることができる
腹が減れば、美味いものを食べたくなる
そして
広い地球のなかで
50年以上戦争がない
経済が発展して豊か
安全な食生活ができる
安心して生水が飲める
夜道を安心して歩ける
この条件を満たす国に生まれたこと
キセキだとは思わないか?
まさに
自分のチカラでは
どうすることもできないチカラによって
生かされているのだ
だとすれば
命尽きるその日まで
生きてみようじゃないか
とはいっても
未来を考えすぎると
気が重くなるだろう
だから
いまを生きろ
君たちは何かの使命を帯びて
生かされている
これは
他人からどうこう言われるものではない
いまは答えがわからなくても
悩む必要はない
悩んだところで何も変わらない
使命とは
命を使うと読める
それだけ尊いのだから
容易にわかるものではないのだ
苦しんでいる君たちは
とても真面目で
とても優秀だ
追い込まれてしまう人ほど
イイひとなのだ
周りのひとの期待に答えたい
周りのひとに迷惑をかけたくない
そうやって気を使いすぎる
気を使える
物事を深く考えられる
それは君たちにとって
かけがえのない能力だ
自信を持って欲しい
プライド(矜持)を持って欲しい
高みから世の中を見物してみて欲しい
君たちが考えているほど
立派なひとばかりではない
むしろ
尊敬できる人はほんの一握り
多くは
君たちと同じ弱い人間なのだ
本当に強いひとは
優しく手をさしのべ
そっと寄り添うことができるひとだ
そんなひとになってみたいとは思わないか?
いまを生きろ
苦しみを乗り越えよ
ひとは悲しみが多いほど
ひとには優しくできるのだから