ひとは見た目が9割

五蘊』(ごうん)

 

色、人間の肉体

受想行識、人間のココロの部分

 

色が包装紙のように

受想行識を包みこんでいる

 

看板のようなもの

 

錆びていてはいけない

 

かといって

真新しいピカピカでも

新人っぽいし

薄っぺらい

 

 

多くのひとに出会う

 

そのなかでも

人脈として繋がることができるのは

ほんのひと握り

 

ひとのコミニュケーションは

最初の5分で決まる

こういった説がある

 

ひとが興味を示し

共感を得るのは

一瞬の感覚によるものかもしれない

 

一言二言交わしただけで

 わかることがある

 

皆、それを知っている

 

知っているからこそ

ファーストコンタクトに

集中力を傾ける

 

単に見た目が良いとか

そんな薄っぺらい 話ではない

 

 

目を合わせたときに伝わってくる感覚

握手したときに手から伝わってくる感覚

コトバの行間から伝わってくる感覚

 

色を感じるのだ

 

ひととひとの交流は

色と色との化学反応

 

混ざりあうと

変な燻んだ色になることもあれば

 

混ざりあうと

きらびやかに輝きを増すこともある

 

思ったような反応になることもあるし

想定外の反応になることもある

 

一期一会の繰り返し

 

 

因縁果報

 

心がけひとつで

まったく違う結果が導かれる

 

 

ひとは色を選ぶとき

利己的なことばかり考えてしまう

 

どんなことをしてくれるのだろう

どんなモノをくれるのだろう

何がメリットなのだろう

 

与えられること

 

それは当たり前のことではない

 

 

色をひとつもらうためには

自分もまた

差し出せる色がなければならない

 

 色の輝きは

内面から染み出す

 

 

ひとの見た目は

ひとの生き様を映し出す鏡

 

その鏡は

自分自身では見ることができないが

ひとを介することで

確認することができる

 

 

自分が他人にとって

出会ってよかったと思えるように

 感性を磨きたいものだ

 

磨かれて

光り輝いていれば

はるか遠くの世界とも

ご縁が繋がっていく

 

 

 

 

 

虹のむこうに

『照見』②

 

理解する

把握する

 

本質を深く体得する

 

それを

照らし見ると表現している

 

では

主語は誰か

 

昔の偉人か?

いまを生きる我々か?

未来を生きる

まだ出会ったことがない人か?

 

ここでの主語は

観自在菩薩

つまり、観音さまになる

 

自然界は広大で

いまだ解明できていないことばかり

 

我々が住む地球が属する銀河系

 

天の川や神話の舞台となった

永遠と広がる大宇宙

 

物事の本質を

明確に理解することは

とても容易ではない

 

広大深遠

 

人々は昔から


人間自身では到達できない

究極の理解を


自在に観ることができる

観音さまを通じて

体得しようとしているのかもしれない

 

我々に見えているモノだけがすべてではない


見えざるモノも含め

いま在る世界なのだと認識すべきだ

 

我々の目から入ってくる情報も

全体からすればごく一部

 

可視光といって

紫外線から赤外線までの範囲しか見れない

 

お天気雨が止んだある夕方

空には虹がかかる

 

虹は

未来へ続くかけ橋


良いことが起こりそうだ


人々に希望を与える存在として

いろんな物語に登場する


ひとは

普段見えないモノが見えたとき

不思議な感覚に包まれる


何かを掴みたいと

見えない何かと戦っている


不安や悩み

暗くモヤモヤした感情に苛まれたとき

ふと目を閉じる


しばらく考え

目を開くと

眩しい光に照らされる


ピンときた

パッと浮かんだ


成功をつかんだひとが

インタビューなどで

過去を振り返ると


このような

不思議な体験をしたケースが多い


見える虹の色は

増えないけれど


虹のむこうに

見えない何かがきっとある


目ん玉ひんむいたって

見えないもんは見えないんだよ








太陽と月  

『照見』

 

照見には

 

明るく照らされた様を見て

すべてを把握する

 

という意味がある

 

日本には

世間を明るく照らす

 

天照大御神(アマテラスオオミカミ)が

 

日本国民の総氏神

太陽の神格化した神

 

そして

皇室の祖神

 

として

古くから国民の信仰を集める

 

いまもなお

日本の皇室は

 

世界最古の皇室として

 

国民から

世界から

親しまれている

 

今日の会見は

世界からも注目されていた

 

そこで飛び出した内親王の発言

 

彼の太陽のような笑顔

 

そして

内親王の隣の青年の発言

 

月のように静かに見守ってくださる

 

記事にしやすい言い回し

台詞のような話し方

 

国民の心に伝わったのだろうか

腹で語っていない

 

ゴーストライターがいたのではないか

 

深読みすると

この内容には違和感を覚える

 

ゴーストライターに真意を聞いてみたい

 

太陽は自ら光を放って照らす

月はその光を反射して光る

 

台本を引用すれば

 

隣の青年が太陽

内親王が月

 

しかし

太陽の神を祖神とするのは

内親王の家系で

隣の青年ではない

 

逆転の表現になっている

 

確かに

太陽は男性的で

月は女性的

という意味で使ったのかもしれないが

 

太陽のように

内親王を照らし

輝かせることができる

確たる自信を表明すべきだった

 

自分のコトバで話され

将来の展望を熱く語られたほうが

国民には響いたであろう

 

国民は

閉塞感という雲に遮られ

太陽の光が十分に浴びれなくなっている

 

今こそ

内親王には

 

太陽と月を逆転させるほどの

スケールの大きな夢を

語っていただきたい

 

永久保証のあなただから

 

 

 

 

舵を切る時 

『時』②

 

方向を変える

 

日常的に行われ

珍しいことではない

 

ハンドルがついていなければ

目的地までたどり着けない

 

右へ左へ

東へ西へ

 

目的地まで行って

元の家まで戻ってくる

 

 

だが

人生における方向転換は難しい

 

時は流れているので

戻ることもできない

 

やり直しがきかない

 

ひとは

これまで歩んできた過程で

いろんなモノを得てきた

 

すると

得たモノを手放したくない

執着が生まれてくる

 

失いたくない

とられなくない

 

そんな感情が大きくなり

 

歳をとればとるほど

方向転換が難しくなる

 

慣性の法則を聞いたことはあるだろうか

 

一定の方向に動き続ける物体は

そのまま同じ方向に動き続けようとする

 

それと同じで

軌道に乗っている時に

新たな道へ方向を変えることは

とても大きなチカラが必要となる

 

一念発起

 

尋常ならざる意気込みによって

大きな決断がなされる

 

永遠に続く

一直線の道など存在しない

 

だから

いつかは方向転換しなければならない

 

変化を恐れて

何もできなければ

ただただ衰退の道をたどる

 

 

では

舵を切るタイミングを

どのようにつかむか

 

変化をとらえるアンテナを

張り巡らせておく

 

感度を高めることが必要だ

 

固定概念にとらわれず

ときには好奇心旺盛に心踊らせ

ときには冷静な目で推し量る

 

そんなチカラを持っていたい

 

舵を切る時

様々な道に出くわす

 

転げ落ちないように

緩急つけて乗り切らなければ…

 

 

ときには

ゆっくりと慎重に

 

ときには

勢いよくドリフト走行

 

塩梅が難しい

 

慎重すぎて

舗装された道ばかりでは

面白みが足りない

 

反対に

ジャリ道で峠ばかりでは

落ちつかない

 

 

攻めと守り

 

バランスよく舵を切る

 

わかってはいるけれど

なかなかうまくいかない

 

うまくいかないからこそ

舵を切る時のドキドキがたまらない

 

 

いまがその時

『時』

 

何か行動に移す時

頭の中のスイッチが押される

 

頭の中に駆け巡る電撃

 

これだ!

いまだ!

 

そんな声がこだまする

 

きっかけは何だろう

 

自分の意識?

家族のススメ?

友人の誘い?

 

長い人生の旅路

 

日々、選択の繰り返し

 

歩む先に現れる分岐点

 

判断しなければならない

 

ひとはどうしても

目先の利得に左右される

 

小さなことにとらわれ

判断が鈍ることがある

 

そんなとき

 

何を頼りにすべきだろうか

 

答えはひとつではないが

自分のなかにある

自分自身のシックスセンス

 

それが道しるべとなる

 

頭のなかでピンときた

その瞬間に下される判断

 

それにしたがってみる勇気

 

自分を信ずるチカラを

たいせつにしたい

 

運命に身を任せる

 

運命とは

運によって運ばれる命と書く

 

つまり

その時は思った通りにならず

苦しんでいたとしても

 

後で振り返ってみると

その時の経験があったからこそ

いまがある

 

長い時をかけて

いま、この瞬間まで

命が運ばれている

 

僕もいま

過去を振り返ってみると

不思議なチカラによって

運ばれてきたような気がする

 

第一希望の高校に入れず

第二希望の高校に入学

 

第一希望だった大学に行かず

第二希望の大学に入学

 

そして

第一希望の会社に入れず

内定のご縁をいただいた会社に就職

 

すべて

当時の判断では選択しなかった

というより、選択できなかった道を歩んでいる

 

それが運命というモノだ

 

どれかひとつでも欠けていれば

まったく違う道を歩んでいた

 

選択の繰り返し

無限大の組み合わせのなかで

たどり着いた

いま、この瞬間

 

見えざるチカラに導かれた

 

人生のターニングポイントは

この瞬間に訪れているのかもしれない

 

そう考えると

なんてこともない判断が

時を巡り巡って

まだ出会ったこともない世界へと

繋がる入口となる

 

いまがその時

 

迷ってもいいじゃないか

楽しくいこう

なにごとも

 

 

未来へのアプローチ

波羅蜜多

 
まず問いたい
 
あなたがいつも出てくるドア
そのシリンダーに刻まれている
メーカーの名を知っていますか
 
あなたが電車に乗ってきたとして
プラットフォームまでに上り下りした
ステップの数を覚えていますか
 
あなたがいつも使っている
クレジットカードに刻まれている
セキュリティコードを言えますか
 
よほどのことがない限り
答えは「否」であろう
 
 
このように
ごく日常のありふれた光景
 
流れ落ちてくる
情報の泉から
我々は
 
何かを受け流し
何かをすくいあげている
 
人間は忘れる動物である
 
 
1時間後には56%忘れる
 
つまり
半分以上の情報はすぐに捨てられる
 
捨てられるというより
すくいきれないのである
 
智慧の泉を
すべて飲み干せば
 
賢人になれる
不老不死になれる
 
苦しみのない世界に行ける
 
だけれど
すべて飲み干すことはできない
 
不完全こそ人間だ
 
隙間があるからこそ
隙間を埋める苦労があるからこそ
 
満たされる喜びを感じることができる
 
うまいことできているものだ
 
しかし
この本質に気づいていないひとが多い
 
特に日本人は
あるべき論に支配されている
 
ひとと同じところで待っていても
ひとと同じ器を持っていても
 
自分にとって
必要なモノはすくいとれない
 
自分のチカラを信じ
自分のフィールドを
ゆっくり歩いていけば良い
 
そんなとき
自分にとって大切なモノに
出会うことができるのだ
 
たとえ
結果が出なくても
 
たとえ
暗く寂しい気分になっても
 
コツコツと積み重ねていけば
それはやがて
未来へのアプローチとなる
 
過去は生きられない
 
未来にも生きられない
 
永遠に続く
いまこの瞬間を
思う存分に生きるがよい
 
 
ひとは何故生きるのか
 
 
それは最高の人生を歩むため
 
 
 
命尽きて彼岸に達するその瞬間
 
最高だったと満足げな笑顔を浮かべたい
 
未来へのアプローチ
 
それは
今を生きるあなたにしかつかめない
 
 
 
 
 
 
 
 
 

感性を磨く 

『般若』

 

智慧と訳す

 

智慧に込められた意味は

 

知識とか

知恵とか

 

同じように使われるコトバ

とは一線を画する

 

いまの世の中

 

知識などの情報は

手のひらの上で

指を動かせば

スマートな精たちが

瞬時に取り寄せてくれる

 

知識は

いくらあっても邪魔にはならないが

あるだけでは使いものにならない

 

知恵は

知識という素材を

頭の中のシャモジでかき混ぜ

頭の中の包丁で切り刻む

つまり

考える(シンク)することによって

創り出されていく

 

 

いまの世の中

 

知識に溢れている

 

簡単に手に入るからこそ

深く考える機会が少なくなった

 

高速化するやりとりのなかで

深く掘り下げるより

スピーディーに処理することが

優先される

 

すると

自分自身で考えて編み出す知恵を

得られなくなってきた

 

レトルトのように

温めればすぐに使えるような

パック詰めの知恵を使う

 

日常生活には便利だけど

生きていくための知恵になっていない

 

四苦八苦に満ちた

険しい人生を歩むために

 智慧を求めることになる

 

考えに考え

考えては実践し

実践してはまた考え

 

我々は

コトバにて語りうることを

語り尽くしたとき

 

コトバにて語り得ぬことを

知ることがあるだろう

 

つまり

 

智慧とは

簡単に手に入れられるモノではない

 

暗い夜道をさまよい

もがき続けているとき

 

彗星(ほうきぼし)のように

遥かかなたから

心に向かって飛んでくる

 

それを感じる瞬間

 

 智慧を身につけることになる

 

 

知識や知恵が混在し

霧のように行き先が霞んでいる

いまだからこそ

 

 智慧を得るために

感性を磨いていきたいものだ

 

 

シンク(考える)からフィール(感じる)へ

 

遥か昔から

 

人々は同じように

智慧を追い求め

 

同じように

夜空を見上げ

祈りを捧げていたのだろう

 

 

 

信ずる力

『行深』

 

今年もこの日がやってきた

 

1945年のこの日

戦争が終わった

 

僕は当時を知らない

僕の両親も当時を知らない

僕の祖父母の世代しか知らない

 

しかし

いまは知るよしもない

 

ラジオの前で集まって聴く玉音放送

皆が正座で涙ながらに聴きいる

 

聴取率はほぼ100%

 

そんな光景を

小さな時に祖母の膝で聞いた覚えがある

 

あれから長い時が流れた

 

当時を経験された方々に刻まれた

苦しい思い

 

絶望に満ちた焼け野原から

必死に立ち上がろうとする

明日への希望

 

一人一人の深い志が

やがて

高度経済成長の原動力となり

アジアの奇跡を実現した

 

ひとは産まれてから

様々な苦しみによって

時には絶望的な状況にまで追い込まれる

 

どうしたら、この苦難から脱出できるだろう?

立ち向かっていくべきか?

ここは一歩引くべきか?

 

自らに問い続ける

深く深く考える

 

そんなとき

固く閉じていた目がパッと開き

視界が良好になる

 

この瞬間

ある言葉が浮かんでくる

 

腹を据える

 

 

ひとは目や耳や肌から入ってきた情報を

頭で理解し

それに対応するために

神経ネットワークを駆使する

 

より多くの情報を処理するため

表面近くで処理され

高速化される

 

早く処理できるが

それによって得られる情報は

どこか浅く

心に響かないものだ

 

ひとは深く深く

自分の頭で考え

やがてたどり着いた答えには

他のひとを動かせるほどのチカラがある

 

腹から出たコトバは魂を持ち

言霊となって伝わっていく

 

腹から腹へ

深いところで繋がる

 

そして

腹を据え

覚悟を持って歩みだす

 

道中はトライ&エラーの繰り返し

 

大木に阻まれることもあるだろう

霧に視界を奪われることもあるだろう

 

そんなときも

ひたすら前に向かって突き進む

この繰り返し

 

苦難があるからこそ

目標に一歩近づける

 

人生には

成功は約束されていないが

成長は約束されている

 

自分の決断を信じることができるだろうか

周りのひとを信じることができるだろうか

 

これには大きな勇気が必要だ

これには強い自信が必要だ

 

信ずる力がいま試される

 

腹を据えて行動し

自分自身の大地に根を張って生きる

 

そのヒントを探す旅に出発しよう

 

行深

 

この2文字から

人生の長い旅へ向かう

出発の汽笛が聞こえてくる

 

 

 

だいぶさぼってしまいました

一般受けしないテイストになってしまい

どうしたものかと。。。 モヤモヤしたまま、書かない時間が過ぎていきました。

更新を楽しみにしていただいている方には大変申し訳なかったです。

これから徐々にやっていきます。

 

 

これまでの1年間にも更新が途絶えた時期もありました。

しかし、すべての作品を読んでいただいている方がいらっしゃり

感謝の気持ちでいっぱいであります。

 

1年前書いた作品を見ると、灌漑深い気持ちです。

 

再掲載します。

 

ついに現実となりました。

いま復活のとき 

 

引力(2016/08/20掲載)

 
モノとモノが引き合うチカラ

チカラが強いモノには

たくさんのモノが引き寄せられ

円の軌道を描きながら回っている

 

電子が原子のまわりを回っているように

地球が太陽のまわりを回っているように

月が地球のまわりを回っているように

 

中心にいるモノはまわりに影響を及ぼす

その反対に

回っているモノからも影響を受ける

 

原子は

電子が離脱したり、加わったりすると

イオンに性質を変える

 

地球の潮の満ち引きは

月の引力がによって起こされる

 

そんな地球にヒトは生きている

潮が満ちるときにヒトは鳴き声をあげ

潮が引くときにヒトはこの世を去る

 

ヒトもヒトに惹かれ

ヒトもヒトから惹かれる

 

人気モノのまわりには

たくさんのヒトが集まり

人気モノは

ファンたちに勇気の光を与え

ファンたちはエールのチカラを送る

 

 

我が偉大なる友人

ASKAさん

引き潮のときも

あなたは決して枯れることなく

しっかり前を向いて

歩き続けていました

これからは

潮が満ちるときが来ます

ファンたちのチカラによって

再び

音楽の潮で

まわりを満たしてください

 

 

四万六千日

『観自在菩薩』

 

いわゆる観音様が

冒頭で登場する

 

これも因果なのだろうか

 

観音様を

最初のフレーズとして扱う今日は

 

東京で一番古くから

観音様で親しまれている浅草寺

年に一度の縁日に当たる

 

オレンジ色が鮮やかな

ほおずきを売るテントが並ぶ

 

ここにいると

不思議な雰囲気を感じる

 

縁日は

江戸情緒にあふれているのたが

 

歩いているのは江戸っ子ではなく

外人ばかりなのだ

 

飛び交う

中国語、韓国語、フィリピン語、タイ語、英語

 

彼らは知ってるのだろうか

 

今日お参りすると

一生分の御利益があるとされている

 

 

浅草界隈の寄席に行くと

四万六千日が話題に出るのだ

 

浅草演芸ホールの前を通ると

父が楽しげに

この話をしていたのを

思い出す

 

今年は趣がある参拝となった

 

昔の人々がやっていたであろう

本格的な参拝スタイル

 

般若心経を唱えてみた

 

普段に増して

ガヤガヤとしていたのだが

 

無心に経を唱えている時間

 

ココロの静寂が訪れた

 

 

どんなに時代が流れても

 

昔と変わらないお経の旋律を奏でると

 

昔と同じ空間が出現する

 

そんな体験ができた

 

決して

暑さでおかしくなったのではない

 

そのことは言い添えておきたい

 

 

観自在菩薩

 

すべてのモノを

自在に観ることができる菩薩

 

菩薩とは?

 

如来という

株式会社仏の社長兼CEOのもとで

 

取締役(経営者) 兼 執行役員(従業員のリーダー)

というポジションにいる

 

 

悟りを拓いた如来の教えを

 

従業員、つまり我々人間に伝え

 

人々が語りの境地に少しでも近づくため

 

人々を見守り

 

人々と共に修業を続けている

 

 

観音様から感じる

大いなる包容力が

 

時空を越え

 

代々の人々に救いを与え

 

今もなお

 

人々を見守っている

 

 

 今日の参拝で

 

四万六千日、百二十六年分の

御利益を授かったのだが

 

だからといって

一生安泰ではない

 

 

露店の人がお客さんを

こう言いながら見送っていた

 

来年もまた来てくださいね と

 

 

一体

何年分の御利益を集めるのか

 

 

一説には

昔は千日分だったとされる

 

 

時代や文化によって変わってしまう

現世における習わしは

 

観音様が過ごしてきた

悠久の歴史においては

 

無いモノに等しいのではないか